〇はじめに
みなさんは、「遊び心」というとどのようなものを想像されるでしょうか?
子供のころに夢中になったトランプやかくれんぼ、ゴム飛びのような遊びでしょうか? それともビデオゲームのような現代的な遊びでしょうか? なかには、マインクラフトのような創造性に富んだゲームを思い浮かべる人もいるかもしれませんね。
今、企業にとっては、「遊び心」というものが、イノベーションを推し進める重要な要素になってきています。
ひと昔前には、「遊び」と言えば、まじめではない、ふざけているという印象が強かったものですが、そうした風潮はだんだんに変わってきています。「遊び心」によって、会社や組織が進化する、活力を生む、そんな時代になってきているのです。
このエッセイでは、遊び心が人々にもたらす効能について解説しています。Googleや3Mといった上場企業のみならず、あまり有名ではない中小企業も含めた現場で、「遊び心」がどんなふうに会社や組織に影響を与えるのかについて考察しています。……そこには、従業員の「夢」があり、消費者や顧客の「思い」があるのです。
ともすれば、「余裕がない」「いつもぎりぎり」といった雰囲気になりがちな企業活動の場で、今本当に必要とされるものは「何」でしょうか?
「遊び心」や「遊び」を通して、「余白」や「余裕」を持つと、会社や組織はどんなふうに変わっていけるのか。現代的な「遊び心」や「プレイフルネス」をもった人々がどんなイノベーションを生み出しているのか。──そういったことについてみなさんといっしょに見ていくことにしましょう。
〇第1章:「遊び心」はビジネスの敵か味方か?
「遊び心」をまず辞書で引いてみると、「遊びたい気持ち」「遊び半分」といった語義が最初に並びます。
例えば、デジタル大辞泉における「遊び心」の項目は以下の通りです。
1.遊びたいと思う気持ち。また、遊び半分の気持ち。
2.ゆとりやしゃれけのある心。「まじめ一方で遊び心がない」
3.音楽を好む心。(攻略)
かつては、この言葉はどこか不真面目さを帯びた言葉として受け取られていたかもしれません。しかしその一方で、伝統芸能の世界では「音を楽しむ心」のように、余裕やたしなみを示すという用法も確かにあります。つまり「遊び心」は、時代や文脈によって評価が揺れてきた言葉なのです。
現代では、その意味ははっきりと更新されつつあると言って良いでしょう。
日常や仕事、人間関係に向き合う態度としての遊び心は、創造性をひらき、ユーモアやゆとりをつくり、物事を面白がる視点のことです。海外企業のように、自由度が高い企業文化や倫理感が浸透するにつれて、この解釈は一般化しつつあります。重要なのは、ここで言う「遊び」が娯楽そのものではなく、発想を転換し、固定化した前提をいったん保留するための考え方だという点です。
数字偏重のマネジメントが主流だった時代には、成果主義が組織を主導してきました。成果を可視化する利点は大きい一方で、現場の機微や人と人、人と物との関係性、偶然の出会いといった「数字の手前」にあるものをこぼし落としやすい欠点も抱えていました。そうした姿勢による行き詰まりは、しばしば「余裕のなさ」から生まれます。
ここで効いてくるのが遊び心です。余白をつくる、小さく試す、仮説を面白がる──その連続は、硬直した手順に「呼吸」を戻します。遊び心は「ビジネスの敵」ではなく、心理的なゆとりをもつことによって、コミュニケーションを滑らかにし、結果として協働の質とスピードを押し上げます。
これは、ゲームや趣味といった余暇の領域にとどまるものではありません。むしろ、組織の創造性と回復力を底上げする実践的な態度なのです。
〇第2章:成果主義を超えて──KPIとROIの向こう側
会社や組織は、目的を持って活動しています。そのため「これを達成しなければならない」「ここを目指していく」といった仕組みが自然に生まれ、引き継がれていきます。しかし、ときにその枠組みが硬直化を招き、組織の活動を停滞させてしまうことがあります。
日本では1990年代のバブル経済のころ、「成果主義」が急速に広まりました。優秀な社員を確保し、数値目標を掲げ、がむしゃらに働く──その風潮はたしかに会社のブランドを大きく押し上げましたが、その一方で「数字の渦」に飲み込まれ、事業の縮小や停止を余儀なくされた例も少なくありません。
この流れのなかで定着したのがKPIやROIといった指標です。
KPI(重要業績評価指標)は「どの程度の利益を出すのか」といった具体的な数値目標を設定するもの。ROI(投資利益率/投下資本利益率)は「投じた資本に対してどれだけ利益を得たか」を測定するものです。こうした数値化は、会社にとって業績を評価する協力な道具となり、投資家への説明責任を果たす上でも便利なものでした。
しかし、効率性を重視するあまり「数字で捉えきれない部分」を見落とす危うさもかかえています。現場の空気、人と人の関係性、偶然の発見や消費者の心理──こうした要素は成果として数字に表れにくいものです。にもかかわらず、そうした「背景の動き」が会社の未来を左右する場面は少なくありません。
成果の定量化は明快でわかりやすい反面、その背後にある人間的なプロセスを覆い隠してしまう危険があります。バブル崩壊を経験した多くの人が「数字だけでは立ち行かない」と痛感したのは、このためでしょう。
そこで注目されるのが「遊び心」です。……数字で縛るのではなく、余白を残し、柔らかで裾野の広い発想を許容する。そうした姿勢こそが、行き詰まった組織に新しい風を呼び込みます。そして、遊び心は、人の動きや物の流れを再び滑らかにし、停滞を解きほぐすきっかけとなるのです。
〇第3章:遊び心の本質──「無駄」から生まれる創造
近年「遊び心」は「プレイフルネス(Playfulness)」とも呼ばれ、心理学の分野でも研究が進んでいます。ポジティブ心理学の知見によれば、遊び心は子供のみならず、大人にとっても重要な個性の一つであり、幸福度を高める力を持つとされます。幸福度が高まれば心に余裕が生まれ、人間関係が円滑になり、目標への到達も近づいていくのです。
「遊び心」と聞くと、人はつい「真面目ではない」「ふざけている」といった否定的なニュアンスを連想しがちです。
しかし実際には、それは単なる気まぐれではなく、創造性を高めたり、物事を前へと進める推進力となることがあります。仕事や日常にちょっとした遊び心が加わるだけで、本人だけでなくグループ全体の雰囲気が和らぎ、幸福感や前向きさが高まるのです。
子どもの成長に目を向けても、その意義ははっきりと表れています。
心理学の調査では、遊び心が豊かな子どもほど社会性が高まり、他者とのコミュニケーション能力が育つと報告されています。文部科学省の「幼稚園教育要領解説」でも、遊びとは「人が周囲と多様なかかわりを楽しみ、時を忘れて没頭すること」だと定義されています(*1)。夢中になれること自体が、学びや成長の基盤なのです。
哲学や文化史の領域でも、遊びの本質は論じられてきました。オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガは、人間を「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」と名づけました。彼は文化の源泉は遊びにあり、遊びは文化に先立つと唱えています。その理論によれば、遊びには次のような特徴があります。
・自由な行為であること
・仮想の世界に立ち上がること
・時間や場所に制限があること
・秩序をつくり出すこと
・秘密を含むこと
さらに、遊びは「戦い」と「演技」という二つの機能も備えているとされます。
こうした特徴を企業活動に重ねてみると、驚くほど共通点が見えてきます。ビジネスは、約束ごとに基づく一つの世界を形づくり、消費者の行動を特定の場や時間に引き込みます。そこには秩序があり、ときに社外には見せない秘密もあります。つまりビジネス自体が「遊び」の構造を持っているのです。
だからこそ、会社や組織には「余白」が欠かせません。夢を提示することによって消費者の意欲を刺激し、その夢に共感する人々を巻き込んでいく。そのプロセスを担うのは、社員自身が持つプレイフルネスです。遊び心を携えた態度こそが、最も効率的に人を動かし、未来を切り開く原動力になるのです。
(*1) https://www.mext.go.jp/content/1384661_3_3.pdf
〇第4章:事例1──Googleの20%ルールと創造的逸脱
企業が「遊び心」を本格的に制度化した代表的な例として、Googleの「20%ルール」が知られています。これは、社員が業務時間の20%を本業とは別のアイデアや新規プロジェクトに充てることを認める制度で、同社のイノベーションを支える大きな源泉となってきました。この仕組みから生まれたサービスは数多く、現在も広く利用されています。
たとえば、以下のような成果が挙げられます。
・Gmail:誰もが手軽に使えるメールアカウントとメーラーを同時に提供した
・Googleニュース:検索画面から最新のニュース動向をも把握できる機能を追加した
・AdSense:個人や企業が容易に広告を出稿し、また収益機会を広げる仕組みを提供した
・Googleマップ:検索と位置情報を結びつけ、移動や購買行動(DOクエリやBUYクエリ)の満足度を高めた
同様の文化は他の企業にも存在します。たとえば3Mは「15%カルチャー」として、社員が業務時間の一部を自由研究に充てる仕組みを導入しました。その成果として誕生したのが、世界中で使われているポストイットや、マスキングテープといった商品です。
このような取り組みは、特にIT業界を中心とした先進企業で早くから広がり、やがて他分野へと波及していきました。名称が付けられていない場合でも、制度的に「遊び心」で企業を支えることは、革新的な商品やサービスを生み出すための土台となっています。挑戦的で自由度の高い試みこそが、真に創造的な成果をみちびくという発想です。
しかし、制度化された「遊び」には限界もあります。Googleの20%ルールは当初は自由に運用されていたものの、現在は許可制に変わっているとされます。また、ユニリーバのように専門のイノベーション部門を設けている会社もありますが、その場合「遊び心」を活かせる人材は一部に限られてしまいます。
制度的な挑戦は数々の革新を実現しましたが、同時に「文化としてどこまで社員全体に浸透させられるか」という課題を抱えています。理解や支持が得られにくい場合には、せっかくの遊び心が組織全体に広がらず、部分的な成果にとどまることもあるのです。
〇第5章:事例2──中小企業の「遊び」戦略
前章で取り上げたGoogleや3Mのような大企業の試みはよく知られています。
ですが、「遊び心」の活用は大企業に限られるものではありません。むしろ、日本における企業の大多数を占める中小企業こそが、その可能性を柔軟に取り入れているのです。中小企業は、既存業務の維持と新規事業への挑戦の間で常にジレンマを抱え、そこが成長を阻むボトルネックになりがちです。しかし、そこで新たなイノベーションを生む手立てのひとつとして「遊び心」が浮かび上がります。
コンサルティング会社・日本経営グループの調査によれば、中小企業において遊び心は「生命線」ともいえる役割を果たしているとされます。たとえば、KPIを「すごろく化」して社員に配布する仕組みを導入した会社や、休憩所の一角に「お絵かき掲示板」を設置した会社があります。数字で追い詰めるのではなく、日常の中に軽やかな工夫を持ち込むことで、社員同士の関係がほぐれ、組織に新たな一体感が芽生えているのです。
その象徴的な例が、株式会社オーファの取り組みです。同社はアフターパーツ用のチタン製品を手がけてきましたが、業績不振に直面し、事業の見直しを迫られました。その際に選んだのが、二輪レース「鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)」への参戦でした。レースに挑むという一見「本業から逸脱した」活動は、実は顧客目線を体感するための戦略だったのです。
初年度、同社は有名ブランドのマフラーをレースに採用しましたが、すぐに焼き切れてしまいました。この経験が開発者の好奇心を刺激し、結果として耐久性に優れた部品を開発するきっかけとなりました。その技術力はやがて大手チームとの取引へと結びつき、自社のブランド力を再構築することにも成功しました。ここでは「遊び心」と「顧客目線」が強く結びついています。
こうした姿勢は、「数字よりも空気を読む」経営とも言えます。中小企業は、市場規模や経営資源で大企業に劣る反面、社会情勢や文化の変化に素早く反応できる柔軟さを持っています。業績の変動が必ずしも数字の論理で説明できないのは、顧客の心理や社会的な空気が急激に変化するからなのです。ブラックスワン的な予測不能の出来事に左右されやすいからこそ、消費者の気分や文化の潮流を敏感にとらえることが競争力につながります。
スモールビジネスの世界では「量より質」が決定的な意味をもちます。消費者と同じ目線に立ち、日々の仕事に遊び心を織り込むことで、限られた資源のなかでも独自性と競争力を磨き上げることができるのです。
〇第6章:遊び心と組織文化──「真面目さ」の再定義
日本のビジネス文化において、真面目さや律義さは長らく美徳とされてきました。規律を重んじ、ルールに従い、組織に献身する姿勢こそが「真面目」であり、評価される社員像だったのです。しかし、その価値観は時代とともにゆらぎつつあります。
平成のバブル崩壊以降、既存の枠にとらわれない若者が登場しました。匿名掲示板「2ちゃんねる」を立ち上げた西村博之氏や、現在民間でのロケット開発を進める堀江貴文氏などは、従来の「真面目さ」とは異なる発想で新しい市場を切り開きました。こうした規格外の試みは、一時の例外にとどまらず、現代ビジネスにおいて避けて通れない力となっています。
グローバル化やIT革命が進むなか、ビジネスのルールは根本から覆されることも珍しくありません。そのとき必要とされるのは、硬直した規律順守ではなく、柔軟な発想力と消費者心理をつかむ感覚です。従来型の「長時間労働の礼賛」や「上司の意見への従属」では、変化に追いつけない時代が到来しているのでしょう。
ここで注目されるのが「遊び心」です。Googleの「20%ルール」や3Mの「15%カルチャー」のように、自由に考え、試行錯誤する時間を社員に保障する仕組みは、規律と柔軟さを両立させる一つの回答でした。規律を破るのではなく、その上に「余白」を設けることで、硬直を防ぎ、組織の新陳代謝を促すのです。
現代の「真面目さ」とは、単にルールを守ることではなく、情熱を持って課題に向き合い、創意工夫を尽くす姿勢を指すようになりつつあります。一定のルールのもとで最善をつくす姿は、むしろ「遊び」に近い感覚です。これを抑圧するのではなく、積極的に取り込むことで、会社や組織は新たなイノベーションを生み出す可能性を高めるのです。
さらに、遊び心は人間関係にも影響します。部下が忌憚なく意見をのべ、上司がそれを面白がる――そんなやりとりは、風通しのよい組織をつくります。真面目さの再定義は、単なる働き方の問題にとどまらず、組織文化そのものを変えていくのです。
〇第7章:数字に頼らない評価軸──物語・感情・関係性
現代のビジネス環境では、数字に基づく定量評価だけでは捉えきれない価値が注目されつつあります。その真反対の位置にあるのが「定性評価」です。これは、空気感や雰囲気、傾向といった目に見えにくい要素を人の目で判断するものであり、個々のアイディアや個人の能力をすくい上げることができます。
第4章や第5章で紹介したGoogleや株式会社オーファの事例は、まさに定性評価が成果につながった例です。そこでは「物語をつくる」こと、すなわちストーリーテリングが中心にありました。物語は従業員だけでなく顧客や消費者の感情を動かし、人々を自然と巻き込みます。そこに共感が生まれることで、人が集まり、製品やサービスの価値がより強固になっていくのです。
物語を下支えするのが「感情的インテリジェンス(EI:Emotional Intelligence)」です。これは「心の知能指数」とも呼ばれ、自分や他者の感情を認識・判断し、それを活かす力を指します。感情を知恵として扱うことによって、会社における従業員一人ひとりの経験や生き方が資産となり、価値を生み出す土台になっていきます。
EIによって築かれるのは、人と人との関係性です。従業員同士、従業員と顧客、さらには顧客同士のつながりにまで広がることで、信頼感や一体感が育まれます。社員のちょっとした遊び心が物語を生み、その物語が戦略となり、人と人との絆を強める。この循環は、数字では測れない納得感や共感を育みだします。
また、少しビジネスの本道から逸れるような「遊び」には「夢」があります。夢が人に希望を与え、その希望が行動を促し、さらに連鎖的に共感や購買意欲へと広がっていきます。この「逸脱」は単なる無駄ではなく、組織に新たな活力をもたらす大事な要素なのです。
実際、こうした定性評価を積極的に取り入れる企業は、上場企業を含め増えてきています。結果として、働きやすい職場環境が整い、ホワイト企業ランキングに名を連ねる例も少なくありません。雰囲気の良さや信頼感が会社や業務への定着を促し、離職率の低下にもつながるのです。
結局のところ、「結果を出す会社」とは、社員が安心して働き、感情を大切にできる会社にほかなりません。数字を超えた評価軸が、未来の競争力やイノベーションを形づくっていくのです。
〇第8章:遊び心の実践──日常業務に取り入れる方法
これまで見てきたように、遊び心は従業員の向上心や一体感を高め、さらには顧客や消費者を巻き込んだ大きなムーブメントを生み出す力となっています。その効果は一企業の枠に収まらず、社会全体へと広がっていく可能性を秘めています。……では、日常業務のなかで遊び心をどう取り入れればよいのでしょうか?
第一に大切なのは、日常的な業務や会議の場に余白をつくることです。
余白は単なる「無駄」ではなく、発想の転換をうながす大切なスペースです。たとえば会議や企画の場では、ただ効率的に議題をこなすのではなく、ちょっとした「ユーモア」を含めたり、「夢」を語る時間をもうける。そこから、常識や時流にとらわれない新しいアイディアが生まれやすくなります。
管理職の姿勢も重要です。部下に無理を強いるのではなく、自分自身も肩の力を抜くことで、自然と感謝や気づきの感情が共有されます。そうした空気が、柔軟な発想を支える土壌となり、組織全体の心理的安全性を高めていくのです。
ただし、遊び心は「何でもあり」ではありません。ルールと逸脱のバランスを取ることが欠かせません。遊び心は既存の価値観を壊すためのものではなく、そこに余白を差し込み、拡張していくための姿勢です。つまりシステム自体を覆すのではなく、その運用方法をアップデートするということ。──その結果として、業務の効率化や職場の風通しの改善にもつながっていきます。
具体的な実践例としては、従業員同士が気軽に冗談を交わしながら想像力を解放することや、会議を「やらなければならない義務」ではなく「楽しみながら新しい視点を得る場」にすることが挙げられます。また、目標設定においても数値の達成だけを重視するのではなく、「顧客や消費者がどう感じてくれるか」を目標値にすえることで、成果がより深い共感につながります。
日常のなかに遊び心を取り入れることは、単なる気分転換ではなく、組織をしなやかに進化させるための戦略そのものなのです。
〇第9章:遊び心と持続可能性──燃え尽きない働き方
近年では「ワークライフバランス」に加え、「ワークライフインテグレーション」という考え方が注目されています。これは仕事とプライベートを切り分けるのではなく、生活の両輪として結び合わせ、相互に充実させていく姿勢を指しています。仕事の隙間に趣味を持ち込み、趣味の知識や経験を仕事に活かす。その循環が、個人だけでなく組織にも新しい力をもたらします。
たとえば、キャンプや釣りを楽しむ人であれば、その体験から得た工夫や知恵を仕事に応用できます。限られた資源で効率よく成果を出す工夫や、予期しないトラブルに柔軟に対応する発想は、企業活動に新しい風を吹き込みます。趣味は単なる余暇ではなく、イノベーションの種として活かせるのです。
従来の働き方では、仕事に没頭するあまり、趣味の時間を失い、やがて燃え尽きてしまうケースが少なくありませんでした。しかし、趣味を取り込みながら働くことで、むしろ仕事への集中力や柔軟性が高まり、本人だけでなく周囲の人々や会社自体にも前向きな影響を与えることができるのです。
従来であれば、仕事に追われて余暇を楽しむ時間をなくしてしまっていた人たちでも、「ワークライフインテグレーション」によって、趣味を仕事にとっても欠かせない要素だと思えば、そこに「生きがい」や「やりがい」が生じてきます。そうしてポジティブになった心理の現れとして、結果的に仕事面でも物事を柔軟に推し進めていく力が生まれるのです。
遊び心は、会社の体力を押し上げる回復力と創造性の源泉です。燃え尽きずに働きつづけられる社員が増えることは、企業の「ゴーイングコンサーン(会社が将来にわたって事業を続けていく前提のこと)」を支える土台となります。適度に遊び、適度に働く。そのリズムが組織の体質を強化し、持続可能な成長を実現するのです。
〇第10章:ゲームカルチャー──「遊び心」は未来の仕事の礎
「プレイフルネス」、すなわち遊び心は、ゲームカルチャーの観点からも注目されています。
ゲームスタディーズの分野では、「ゲームは単なる娯楽ではない」と語られることが増えてきました。ゲームには必ずルールが存在し、プレイヤーはその制約のなかで試行錯誤を繰り返します。その過程は、まさに問題解決能力や創造性、戦略的思考を鍛える訓練にほかなりません。
また、ゲームスタディーズの研究は子供──ひいては人間の社会性の面からも注目されています。
文化人類学的なフィールドワークでは、伝統的な遊びからデジタルゲームまでが研究対象となり、遊びの持つ意味が幅広く検討されています。遊びの理論家ブライアン・サットン=スミスは「遊びの定義は子どもと大人の両方に当てはまるべきだ」と指摘し、遊びの核心には「多様性」があると説きました。それは生態系における生物多様性と同じく、柔軟で持続的な発展を支える基盤なのです。
こうして考えると、遊び心は企業の成長戦略とも深く結びついていることがわかります。数字だけでは測れない発想、顧客や消費者を巻き込んだ「夢」や「空気感」の共有といった要素は、まさに企業文化を強くするための触媒となります。
さらに、ゲーム的な視点を業務に応用することも有効です。目の前の課題を「クエスト」と見なし、そこに挑戦するプロセス、すなわちプレイフルネスを楽しむ。そうすることで、従業員は仕事に単なる義務感ではなく、創造的な没入感を持って取り組むことができるのです。背後には会社が掲げる「夢」や「目標」があり、それに共鳴する形で顧客や消費者の「希望」がかさなります。
このように、ユーザー(顧客や消費者)を巻き込みながらコミュニティとして一体感を育むことは、会社を孤立した存在から社会的な「場」へと変えていきます。それは単なる業務効率化を超え、「未来の仕事」を象徴する働き方のモデルとなります。そして、イノベーションを基調とした軸のなかで、「新たな視点」「新たな発想」を生み、会社や組織の「これから」に焦点を当てていくことにもなるのです。
「遊び心」は、企業にリフレッシュする機会を与え、従業員や組織の人間に「活性化」する場を提供し、柔軟な発想とアイディアを育てます。そのことによって、企業は新たな活力を得、「明日の課題」にむかって進んでいく力を手に入れるのです。「遊び心」とは、企業を停滞させる弊害や余剰ではなく、まさに組織を発展させていく原動力になると言えます。
〇おわりに
ここまで見てきたように、Googleや3Mといった大手企業から、日本企業の多くを占める中小企業に至るまで、「プレイフルネス」=「遊び心」は会社の潤滑油になり、イノベーションを大きく前進させるものである、と言うことができると思います。
まずは「余裕」を持ち、「自由」に考えることが会社を変える。そうした発想のもとに、現代の会社は業務に潤いを取り戻し、自発的な成長と新規イノベーションを手にしていけるのだと言えます。すなわち、「遊び心」とは、現代の会社や組織にとっては、欠かすことのできない「余白」であり、「可能性」であるのです。
ここに書いてきたことは、あくまでも一例にすぎません。ビジネスの世界は日に日に変化し、進歩していくものです。そうした変化に適応できる能力こそが、これからの会社や組織における体力だと言えます。釣りやキャンプ、オートレースといった趣味の分野における知見が、組織を発展させ、活力を持たせるのです。
現代では、業務にAIやITソフトを取り入れることも増えてきました。こうしたシステムやソフトウェアは、まさに開発者の遊び心が形になってものだと言えます。そして、そこから作られていく世界も、「プレイフルネス」という共通の指針にそったものになっていくでしょう。
みなさんも、これを機会に普段の業務や会議などに「遊び心」を持たせ、「余裕」や「余白」のある会社経営を目指されてみてはいかがでしょうか? そこには弊害はなく、むしろ、数字には還元されないような「夢」「気持ち」「感情」の面でのイノベーションが起きるはずです。
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